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失恋運乃大転換 ! 恋愛成就=愛染明王さまの法  真珠湾攻撃の日 〜 泥沼の始まり・焦土の終わり

『 臨時ニュースを申し上げます。 臨時ニュースを申し上げます。

大本営陸海軍部午前6時発表

―帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり 』

 

 

1941年12月8日 午前7時日本放送協会のラヂオ放送で、日本放送協会のアナウンサー  館野守男氏は、 太平洋戦争突入を知らせるニュースを繰り返しました。

 

 

▽  今から67年前の今日、旧帝国海軍 機動部隊による、米ハワイ・オアフ島真珠湾(パー

ルハーバー)奇襲攻撃です。

 

今も真珠湾には、その時沈んだ戦艦「アリゾナ」が、静かに油を漏らしながら沈んでいるのを、

観光旅行でご覧の方もいらっしゃるでしょう。

 

この日から我が国は戦争の狂気に巻き込まれ、泥沼の戦況の果てに広島・長崎原爆投下、大空襲で焦土と化し、多数のひとが死傷しました。

 

▽  のみならず、加害の国日本が仕掛けた戦争で被害を受けた国々・国民の方々の犠牲もまた、

私たちは忘れてはいけない。

 

私たちが戦争について語るときは、主に第二次世界大戦下を語り、そこでは、米軍による大空襲や、原爆投下等々、被害が語られ、加害の経験を聞くことは少ない。

 

最近は、祖国の戦争加害を言うのは、自虐史観というらしいですが。

 

▽  戦時下でいちばん泣いたのは、女性たちでした。

 

愛する家族を勇ましく戦地に送り出すのを強制され、隠れて泣くことも非国民と罵られました。

そうして家族を送ったお母様が、台所で声を殺して泣くのを見て非国民と罵ったひとが、生涯悔やみ続けて亡くなったのを身近に知っています。

 

空襲や機銃で亡くなった女性の遺体が、亡くなってなお、焼死体になった子どもを庇いながら倒れている写真は、涙なしに見ることはできません。

 

出征した、良き父、良き兄・弟たちも、国外地では、ひとを殺し、略奪をし、放火しました。

帝国陸海軍の戦争により、亡くなる女性はもちろん、従軍慰安婦に連れ歩かれる過酷な運命を背

負わされる女性たちがいましたし、今も、彼女たちは証言を続けています。

 

 

▽  正しい戦争、良い戦争は、ありません。

生まれて初めて出会ったもの同士が、咄嗟に早くひきがねを引いた方だ生き残る、殺し合いが戦争です。

 

戦後63年我が国は、二度と惨禍を招かぬ覚悟を以て、軍を捨て、戦争を葬り去りました。

以来戦争で、ひとりも殺さず、ひとりも死にませんでした。

 

出会い、恋に落ち、失恋して立ち直っていけるこの平和な世を、次世代に引き継いで行き

たい。そう強く思います。

 

 

失恋で泣ける平和を、私たち失恋者は、続けて生きましょう。

 

 

愛染 明 記す

2008.12.08 Mon l 連載講演集 l COM(0) TB(0) l top ▲

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『 臨時ニュースを申し上げます。 臨時ニュースを申し上げます。

大本営陸海軍部午前6時発表

―帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり 』

 

 

1941年12月8日 午前7時日本放送協会のラヂオ放送で、日本放送協会のアナウンサー  館野守男氏は、 太平洋戦争突入を知らせるニュースを繰り返しました。

 

 

▽  今から67年前の今日、旧帝国海軍 機動部隊による、米ハワイ・オアフ島真珠湾(パー

ルハーバー)奇襲攻撃です。

 

今も真珠湾には、その時沈んだ戦艦「アリゾナ」が、静かに油を漏らしながら沈んでいるのを、

観光旅行でご覧の方もいらっしゃるでしょう。

 

この日から我が国は戦争の狂気に巻き込まれ、泥沼の戦況の果てに広島・長崎原爆投下、大空襲で焦土と化し、多数のひとが死傷しました。

 

▽  のみならず、加害の国日本が仕掛けた戦争で被害を受けた国々・国民の方々の犠牲もまた、

私たちは忘れてはいけない。

 

私たちが戦争について語るときは、主に第二次世界大戦下を語り、そこでは、米軍による大空襲や、原爆投下等々、被害が語られ、加害の経験を聞くことは少ない。

 

最近は、祖国の戦争加害を言うのは、自虐史観というらしいですが。

 

▽  戦時下でいちばん泣いたのは、女性たちでした。

 

愛する家族を勇ましく戦地に送り出すのを強制され、隠れて泣くことも非国民と罵られました。

そうして家族を送ったお母様が、台所で声を殺して泣くのを見て非国民と罵ったひとが、生涯悔やみ続けて亡くなったのを身近に知っています。

 

空襲や機銃で亡くなった女性の遺体が、亡くなってなお、焼死体になった子どもを庇いながら倒れている写真は、涙なしに見ることはできません。

 

出征した、良き父、良き兄・弟たちも、国外地では、ひとを殺し、略奪をし、放火しました。

帝国陸海軍の戦争により、亡くなる女性はもちろん、従軍慰安婦に連れ歩かれる過酷な運命を背

負わされる女性たちがいましたし、今も、彼女たちは証言を続けています。

 

 

▽  正しい戦争、良い戦争は、ありません。

生まれて初めて出会ったもの同士が、咄嗟に早くひきがねを引いた方だ生き残る、殺し合いが戦争です。

 

戦後63年我が国は、二度と惨禍を招かぬ覚悟を以て、軍を捨て、戦争を葬り去りました。

以来戦争で、ひとりも殺さず、ひとりも死にませんでした。

 

出会い、恋に落ち、失恋して立ち直っていけるこの平和な世を、次世代に引き継いで行き

たい。そう強く思います。

 

 

失恋で泣ける平和を、私たち失恋者は、続けて生きましょう。

 

 

愛染 明 記す

2008.12.08 Mon l 連載講演集 l COM(0) TB(0) l top ▲

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