六本木ヒルズの前、首都高に面して、東京日産販売本社だった古いビルが建っています。
以前は一階がフェアレディZ、スカイラインといった日産を代表する新車の展示場でした。
1960年代半ば、ここには未だヒルズはもちろんなく、後背には公園があり、さらに奥を行けば十番商店街。そちら側には、旧毛利庭園がありました。
美しい桜の春になると、テレビ朝日が観桜会を催して地元に庭園を解放し、屋台を並べてもてなしました。
テレビ局の催しですから、そこに来ているひとたちには、今をときめく有名人も多かった。
旧毛利庭園は、ヒルズ後に復活した庭園とは僅かに位置が違い、また雅びなこの催しも、ヒルズ後はなくなりました。
この頃は、十番商店街では道を止めて、毎月何回か縁日が出て、当時小学生だった私は楽しみにしていました。これも、とうになくなりましたが。
東京に大雪が降り積もった朝のこと。
東京日産販売本社ビルは建っておらず、そこは平屋の修理工場でした。
首都高の代わりに都電(路面電車)が走り、すでに有数の繁華街になっていたとは言え、朝は静かな時代でした。
そのビルの前の歩道には、工事中の大きな穴がぱっくり掘られたまま、大きな口を開けていました。
子どもの私の背丈ほどもある深さに、雪が50cmくらい積もっていて、なかなか恐い光景でした。
開通したばかりの日比谷線六本木駅に向かうひとの列にいた小学生の私に、後ろを歩く女の人が「坊や、落ちないように気を付けてね」と、親切に声を掛けてくれて、お礼を言おうと振り返った瞬間、ふだん耳にしないような音がして、その女の人は消えました。
雪に足を滑らせ、大きな穴に落ちたのでした。
おとなたちが大騒ぎして救出し始めましたが、難儀していました。
今だったら、廻りも囲わず、安全対策もなにもない歩道の穴なんて考えられませんが、
当時はこれが当たり前でした。
紅い椿の花に、白い雪が積もった六本木の朝の、懐かしい時代のエピソードでした。
以前は一階がフェアレディZ、スカイラインといった日産を代表する新車の展示場でした。
1960年代半ば、ここには未だヒルズはもちろんなく、後背には公園があり、さらに奥を行けば十番商店街。そちら側には、旧毛利庭園がありました。
美しい桜の春になると、テレビ朝日が観桜会を催して地元に庭園を解放し、屋台を並べてもてなしました。
テレビ局の催しですから、そこに来ているひとたちには、今をときめく有名人も多かった。
旧毛利庭園は、ヒルズ後に復活した庭園とは僅かに位置が違い、また雅びなこの催しも、ヒルズ後はなくなりました。
この頃は、十番商店街では道を止めて、毎月何回か縁日が出て、当時小学生だった私は楽しみにしていました。これも、とうになくなりましたが。
東京に大雪が降り積もった朝のこと。
東京日産販売本社ビルは建っておらず、そこは平屋の修理工場でした。
首都高の代わりに都電(路面電車)が走り、すでに有数の繁華街になっていたとは言え、朝は静かな時代でした。
そのビルの前の歩道には、工事中の大きな穴がぱっくり掘られたまま、大きな口を開けていました。
子どもの私の背丈ほどもある深さに、雪が50cmくらい積もっていて、なかなか恐い光景でした。
開通したばかりの日比谷線六本木駅に向かうひとの列にいた小学生の私に、後ろを歩く女の人が「坊や、落ちないように気を付けてね」と、親切に声を掛けてくれて、お礼を言おうと振り返った瞬間、ふだん耳にしないような音がして、その女の人は消えました。
雪に足を滑らせ、大きな穴に落ちたのでした。
おとなたちが大騒ぎして救出し始めましたが、難儀していました。
今だったら、廻りも囲わず、安全対策もなにもない歩道の穴なんて考えられませんが、
当時はこれが当たり前でした。
紅い椿の花に、白い雪が積もった六本木の朝の、懐かしい時代のエピソードでした。




